フェドセーエフ指揮N響「くるみ割り人形」

12月12日、サントリーホールで催されたNHK交響楽団定期公演を聴きに行った。指揮は大好きなロシアの巨匠、ウラジミール・フェドセーエフ(敬称略)!度々来日されているが、何だかんだで予定が合わず何度涙を飲んだことか。よって、フェドセーエフを生で聴くのは、今回が初めてだ。

さて、いよいよ開演。座っていたのは、1階ほぼ中央後ろから2列目。児童合唱団とN響の面々が入場。そしてフェドセーエフ入場。万雷の拍手がホールに響く。もうこれだけで感動。だって僅か30mほど先にフェドセーエフが立っているんだもの!

今回は組曲(抄本)ではなく、バレエ音楽全曲が演奏される。勿論バレエは無し。(フェドセーエフは踊っていたが:笑)純粋に音楽だけを楽しむ。

いよいよ演奏が始まる。スローテンポだが、違和感なく心地よく体に入ってくる。序曲冒頭の弾むようなウキウキ感が良い。ここで我が身に異変が・・・ 演奏開始から30秒も経たないのに、早くも涙腺が決壊した。涙が溢れ出てくる。何故かはわからない。こんなの初めてだから。その後も脱水症状に陥るのではないかと思われる程(なれへん、なれへん)、涙腺の崩壊が甚だしい。

それにしても生演奏を聴くのは本当に久し振り。CDやYouTubeをイヤホンで聴くのとは全然違う。全身に空気の振動、つまり音を感じる。やはり生演奏は良い。ロシア的な大音響で終わった「パ・ド・ドゥ」は圧巻だった。この曲がこんなにパワフルだったとは。とにかくそれを全身で受け止められるのは、ホールでの生演奏でしか経験できない。(家のCDではそこまで音は出ないし、出せたとしても近所からの苦情は必至) 座席の関係からか、特にチューバが襲ってきた。(笑)

圧巻の前半と宝石箱の様な後半の間には15分の休憩が入り、開演から終演まで2時間以上かかったが、まだまだ、いや、ずっと聴いていたい気分になった。

時間がかかったのは、スローテンポに徹していたから。賛否両論があるのは当然のこと。誰だって自分のイメージで聴きたいと思うのは至極当然。でも私は、指揮者の解釈を尊重したいし、それを楽しみたい。時として、こんな解釈がある、こんな感じにもなるんだ、との驚き(自分の好みに合うかどうかは別問題)を楽しみたい。そこにもクラシックの魅力がある。それに、所詮素人の私が玄人の指揮者に自分の好みを押し付けるなんておこがましい。

今回の演奏について言えば、このスローテンポは私には良かった。ゆったりとした時間が愛おしかった。帰宅時間が少し遅くなることなど現地では微塵も考えなかった。後(演奏後1日以上たってから)で思ったのだが、あれは母親(或はお爺さん:失礼)が、ゆっくり優しく、一言一句ハッキリ噛み締めるように語るおとぎ話の口調だのではないかと。とにかく、このテンポで聴くと、チャイコフスキーの美しい旋律が温かみを帯びて際立ち、夢の世界(そこはまさしく「くるみ割り人形」の舞台)へと誘ってくれた。

更に後でふと気付いたのだが、この演奏は、スピード(音楽のテンポでない)重視の現代社会への「急いでいるけど、何か大切なものを置き忘れてはいませんか」との問いかけなのかも知れない。音楽界の重鎮、いや、人生の先達、歴史を見てきた者として、そんな思いを込めていたのかも知れない。

そんなことを考えていたら、チャップリンの「独裁者」での演説の一節が頭を過った。

「我々はスピードを発達させたが、その中に閉じ込められた」
"We developed speed but we have shut ourselves in."

(以上赤字部分12月16日追記)

実は、その夜はほとんど眠れなかった。深夜の静寂の中、あの旋律が何度も何度も頭の中で鳴り響いたのだ。それほど感銘を受けて、興奮と感動が続いていたていたのだ。

とりとめもなく書いていたら、ついつい長くなってしまった。最後に、一つだけ。

素晴らしい演奏をありがとう、ウラジミール・イワノヴィッチ!

Спасибо за прекрасное выступление, Владимир Иванович! !

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