ワトソンの名前

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「ベーカー街 221B」の本来の住人、シャーロック・ホームズに敬意を表して、ちょっとした謎解きをしてみよう。

シャーロキアンの間での有名な論争に、「ワトソンの名前はジョンか、ジェームズか」というのがある。第一作「緋色の研究」の冒頭などで「ジョン」となっているのに、「シャーロック・ホームズの冒険」中の「唇のねじれた男」では「ジェームズ」と呼ばれている。その理由が論争になっている。ここでは、私の「推理」を展開する。

結論から言えば、「ジェームズ」はワトソンにつけられた「あだ名」である。

「ジェームズ」と呼んだのはワトソンの妻で、深夜訪れた学校時代の友人にかけた言葉の中に出てくる。その友人の夫はアヘンに溺れており、ワトソンの患者でもある。家族ぐるみの長い付き合いがあったことは、想像に難くない。内々で、ワトソンをあだ名で呼んでも不思議ではないであろう。

その夫イーザ・ホイットニーにアヘンを止めさせるために、主治医のワトソンは全力を尽くしたはずである。彼は全作品を通じて、正義感溢れる実直な男として描かれている。アヘンに溺れるのは、内心に抱える不安や不満が引き金になる。ワトソンも、イーザの「内なる原因」を取り除くために何度もカウンセリングを重ねたに違いない。

では、その「内なる原因」とは何であったのか。きっかけは、学生時代に「夢と幻想の世界」を覗き見るという好奇心を抱いたためとの説明がある。そして朋友親戚の顰蹙・指弾の的となっていったとも記述されている。

ところで、イーザの兄は神学校の校長であった神学博士である。優秀な兄を持つ弟は、往々にして兄と張り合うものである。そこにイーザがアヘンに溺れる原因があったと考えても、無理は無いであろう。ましてや、「朋友親戚の顰蹙・指弾の的となっていた」となれば、兄との比較が必ず入り、益々悪循環に陥って行ったと考えられる。

そんなイーザに対しワトソンは、「欲望を棄てよ」「試練を耐え忍べ」と説教したであろう。あるいは、「教師にならないほうが良い」と言ったのかもしれない。そして、これこそがイーザをしてワトソンに「ジェームズ」とのあだ名を付けせしめた理由である。

神学博士の兄と張り合うイーザに、聖書の知識があったとは想像に難くない。先述の説教内容は、新約聖書「ヤコブの手紙」と同じ内容である。ヤコブは英語では "JAMES" である。

聖書とは縁遠い私が「ヤコブの手紙」に注目できたのには、訳がある。「シャーロックホームズの思い出」中の「背の曲がった男」に、「唇のねじれた男」との共通点が散見される所に注目した。

「背の曲がった男」では、ある夫妻だけがいる密室の中で夫が死に、妻は錯乱状態で発見される。直前に妻は夫ジェームズ(!)のことをデービッドと呼ぶ。これは信心深い妻が聖書になぞらえて夫を非難したと、ホームズが解き明かす。

「背の曲がった男」は、「ワトソンの名前はジョンか、ジェームズか」と読者から責められたコナン・ドイルが、その回答として書いたものであろう。聖書を当れと・・・ 「ジェームズ」としたのは、初めから意図していたのか、それとも単に間違いだったのかは分からないが・・・

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